統合失調症と向き合う

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石山勲さん
石山 勲さん
(いしやま いさお)
1958年(昭和33年)生まれ、56歳(収録時)。システムエンジニアとして働いていた29歳の時に症状が出て、内科を受診し、その後、精神科を受診する。会社は退職。物を書くことが好きで、保護室に入院した時の体験を記した本を発行。現在は、精神科医療施設の研究の手伝いや当事者として講演活動に携わっている。当事者自助グループも運営中。母親と同居。第2回精神障害者自立支援活動賞(リリー賞)を受賞。著書に、『幽閉』(萌文社)『精神保健・医療・福祉の正しい理解のために』(萌文社など)がある。
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4仕事について
Q.精神科病院を退院したあとは職場復帰されましたか

「そのあとはちょっと自宅療養をして、また会社に復帰しました。会社に復帰したのはいいのですが、精神科の薬というのは、記憶がなくなりがちなのですよね。ある会議に出ても、さっき決まったことが覚えられないし、新聞は読めない、本は読めないということで……。

まあ、自分なりに頑張って、仕事を続けたことは続けたのですけど、やはり、復職後1年半経って、もうこれ以上働くと、また再発するだろうということで、自分から会社を辞めました。いや、もうこれ以上やると、またあのひどい病院に入らなければいけないということで……。

薬を飲んで、仕事ができないというのは、かなり落ちこみましたよね。『あれ、俺ってこんなにできなかったっけ?』みたいな……。」

Q.会社を辞めたあとはどうされましたか

「退職したのは(復職後)約1年半ぐらいだったので31〜32(歳)だと思います。1〜2年は落ち込んでいて家にいたのですけれども、その時から『幽閉』という本の原稿を書き出しました。

で、書いた原稿を読んで欲しいということで、今はもうなくなってしまったのですけれども、全国精神障害者家族会連合会(全家連)というところがあって、そこに行って、『僕の原稿はどうでしょうか』と見てもらった時に、そこでは、今度新しい施設ができるから入ってみないかということで、かえって新しくできた施設に入る準備もしています。

で、そこ(その施設)は割と厳しくて、(午前)9時から(午後)4時まで、鶯谷まで行かなければいけなかったのですけれども、サラリーマンをしていてそんなに間がなかったものですから、通えていましたね。そこには約4〜5年。いわゆるそこで授産作業ですよね。機関誌も発行していまして、原稿入力とか、発送作業とかをやっていましたね

だんだん家に近いほうに戻って来て、練馬の作業所に行ってみたり…、今いる所に落ち着いたという感じですね。支援センター(地域生活支援センター)です。

精神障害者授産施設:雇用されることが困難な精神障害者を対象に、自活生活を支援するため、低料金で必要な訓練を行い職を提供して社会復帰を図ることを目的とした施設。施設には通所型と入所型があり、通所型は定員が20名以上、入所型は同じ20〜30名以下とされている。利用者には授産活動に応じて工賃が支払われる。精神保健福祉法に基づく精神障害者社会復帰施設の一つ。

精神障害者地域生活支援センター:地域で生活する精神障害者を対象に、日常生活全般の支援を行ったり、精神障害者の福祉に関する諸問題の相談に応じて、必要に応じて指導やアドバイスを行う。また、関連機関(保健所、福祉事務所、精神障害者社会復帰施設など)との連絡調整役も担う。精神保健福祉法に基づく精神障害者社会復帰施設の一つで、1999年(平成11年)に制度化された支援機関。
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