統合失調症と向き合う

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和田公一さん
和田公一さん
(わだ きみかず)
43歳。17歳の時に精神症状を自覚する。28歳の時に精神科を受診、現在の通院先が6つ目になる。同じく精神疾患を持つ妻、そして今年5歳になる娘との3人暮らし。娘は、2歳3か月まで乳児院に預けた。19歳〜33歳まで一般就労をし、営業マンとして社内トップセールスを達成したこともあるが、症状との兼ね合いから退職。その後、何度か就労に挑戦したがうまくいかず、現在は、当事者活動を“仕事”と考え活動中。子育てにも勤しんでいる。
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5従事した仕事について
Q.働き始めたのは何歳の時ですか

「僕19(歳)で、家を出ているんですけども、19(歳)で、住み込みで働きながら、学校に行っていたんですね。保育園で働いていて、当時、僕、実は社会福祉の学校に行っていて。よく“ミイラ取りがミイラ(になる)”という状況ですけども、住み込みで働かせていただきながら、卒業して。就労の期間を考えると、その19(歳)から考えると19(歳)から33(歳)まで、一般就労をしていました。

補聴器の営業の会社で10年というのが長くて、あとは、福祉関係の学校だったので、特別養護老人ホームの介護職をしたりとか、知的障害の方のグループホームの世話人をしたりとか、そういう仕事は、年単位ではあると思います。」

Q.発病後、仕事はどうしましたか

「いよいよほんとに、もう起きられないんですね。一番は、僕は仕事のストレスが原因だったのかなと思うんですけども、あとやっぱり肉体的にも30代超えたら、ぐぐっと落ちたという印象は僕の中ではありました。通勤とかにも、当時は、会社のそばに引越しをするということがちょっとできない事情があったものですから、やっぱり通いということで、『すごく辛いな、辛いな』と思いながら働いていて。で、いよいよ朝、起きられなくなって…。

それまで、僕、それなりに皆勤賞を取っていたのが、急にちょっとずつ休むようになって、で、いよいよ起きられなくなって、ま、休職をするという状況になりました。で、1年間休職をしたんですけれども、もう辞めるそのぎりぎりに、1回戻ってみたんですが、やっぱり無理であると。要するに、結局、復帰した日に行けても、数日後にはまた起きられないということで、会社のほうとも話し合って、退社するような次第になりました。」

Q.退社後、再就職はできましたか

「やっぱり、もうバブルもはじけていますし。昔は、求人雑誌と言うと、ぶ厚いものでしたけども、今はもう風前の灯のようなものであって、まあ、新聞の広告などで仕事を探して…。やっぱり、仕事はまず35(歳)ぐらいが1つのラインなんでしょうね。35(歳)ぐらいでもう仕事がないと。で、もう選んでいられる余裕がないから、例えば土木をやってみたりもしたんだけども、体が基本的に文科系なので、肉体労働というのをやってみて、『人間には向き不向きがあるな』ということを学びました。1日で辞めました、これは無理だと思って。

だから、そういうところしかなかったというかね。そうじゃないところに入れた時も、やっぱり続かない。一応、僕、地域の老人ホームに働いた経験があったので、精神科病院の痴呆(現在の認知症)病棟に勤務したこともあるんですけども、やっぱり続かなかったですよね。薬の副作用だとか、すごく疲れやすくて、1か月は続かなかったと思いますね。

そういった状態で、仕事がない現実と、あってもそれに適応できない自分というのが、当時はあったと思います。あと、希望もなかったですしね。もう食って生きるだけという部分では、なんだろ、やっぱり目標がないから続かなかったということもあるのかもしれませんね。例えば、その当時は1人暮らしだったので、誰かのために働いているわけでもないし、そういう意味でも、働く上でのバックボーンがないので、モチベーション的にも上がらなかったのかな。

その中で経済的な部分について、その間どうしていたのかと言うと、サラリーマンの時、高給取りだったんですよ。それで、かなりの額の貯金が当時はありましたので、それを切り崩しながら、賃貸(アパート)を借りて生活をしているというような形でした。」

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